「教授に訊く」
臨床教育学を学ぶ価値とは

福祉分野担当教授

増井 香名子

実践の「もやもや」に光を当てる知の力。支援のメガネ(視点)と引き出し(方策)を共に創り、誰もが安全・安心に生きられる社会を切り拓きましょう!
プロフィールについて教えてください。
地方公共団体の社会福祉職として、女性福祉、児童福祉、障害者分野など多様な対人援助の現場に携わってきました。女性福祉機関でクライエントと向き合う中で抱いた、支援への行き詰まり感や葛藤から大学院への進学を決意。仕事の傍ら修士・博士課程で研究を続け、社会福祉学の博士号を取得しました。女性相談支援や子ども家庭領域におけるミクロ実践を探求する中で、暴力や支配のメカニズム、トラウマ、アタッチメントの理解がどれも欠かせないと実感し、今も学びながら、現場とつながりながら研究を続けています。
【資格】
社会福祉士・精神保健福祉士・公認心理師
研究内容について教えてください。
私の研究の核は、「語り」の分析を通じて当事者の経験を理解し、より良い支援のあり方を検討することです。大学院時代には、DV被害者へのインタビューの分析から「DV被害者支援のためのステージモデル」として体系化しました。脆弱性だけでなく、困難な状況下でも発揮される「ストレングス(強さ)」やレジリエンス、心的外傷後成長(PTG)に着目している点が特徴です。
現在は、児童虐待とDVが交差するケースにおける支援・介入のあり方へと研究を広げています。海外の先進的な知見である「Safe & Togetherモデル」の紹介や日本での調査などを通じ、理論と実践を往還しながら研究を行っています。また面接ツール「あなたへのメッセージ」の開発や、大人と子どもの絆を深める「ペアレンティングプログラム」の実施など、実践的なアウトプットにも力を入れています。
なぜその研究が社会にとって必要なのかを教えてください。
DVは親密な関係における支配であり、大人と子どもの被害者の人権を侵害する行為です。しかし、その対応には高度な専門性が求められ、適切な支援を届けることが難しいという課題があります。また、DV加害者の行動の影響を受ける子どもを守るためには、被害者である親を責めるのではなく、親の「強み」に着目する視点と、加害者にアカウンタビリティ(責任)を問う関わりが重要になります。
暴力や支配のメカニズムを理解するための「メガネ(視点)」や、支援に活用できる「引き出し(方策)」を持つことは、支援者の実践を支えます。研究から得られた知見を、個人の感覚にとどめず、実践現場の「共通言語」や「共通理解」へと昇華させること。それは、当事者の孤立を防ぎ、地域全体で切れ目のない支援体制を構築する上で、欠かせない社会的役割であると考えています。
ご担当の科目の臨床教育学の中での役割を教えてください。
私が臨床現場で抱いた「もやもや」を、研究と学びによって言語化・モデル化してきたプロセスそのものが、臨床教育学の重要なエッセンスです。
また、担当科目では、院生たちの「ミクロ実践」の礎となる知見を共有します。 例えば、修士課程1年生前期の「子ども・家庭福祉学特論」では、対人援助の実践を支える知識や技術を、グループワークやロールプレイ等を交えながら教授します。トラウマの理解、境界線(バウンダリー)、ペアレンティング、暴力被害者への心理教育など、現場で活きる内容を網羅しています。寄り添う感性を大切にしながらも、根拠に基づいた効果的なアプローチができる「引き出し」を増やす役割を担っています。
ゼミ運営の特徴として意識されていることはありますか。
修士課程は「研究の作法」を身につける場でもあります。現場をよくしたいという熱い思いを持って入学されたその思いを丁寧に聴き、理解し、共有します。その上で、「きっとこうに違いない」という実践経験からくる思いを一旦横に置き、先行研究やデータと真摯に向き合うプロセスをサポートします。現場の「もやもや」に確かな言葉(理論)が見出されていくプロセスを応援したいと思っています。
どんな経験や関心をもつ学生に進学してほしいですか。
実践現場で、「なぜこうなるのだろう?」「もっと良い支援の方法はないだろうか?」という切実な「問い」や「困り感」を抱え、それに真摯に取り組みたいという思いを持つ方に来ていただきたいです。
日々の多忙な業務の中で、研究というプロセスを通じて自らの経験や支援スタイルを一度相対化していこうとする意欲のある方にとって、本研究科は専門性を高める豊かな学び直しの場になるはずです。
これから受験しようとする方へメッセージをお願いします。
実践に行き詰まり、葛藤していた私を救ってくれたのは、研究によって見出した「知の力」でした。大学院での研究は、単なる知識の習得ではありません。現場で向き合ってきた経験に「言葉」を与え、研究を通じて再考し、現場へと返す旅です。その成果は、あなた自身の実践を豊かにするだけでなく、同じように悩む他の実践者や当事者を支える力になります。あなたの情熱が、誰かの安全安心を守る確かな力へと変わるプロセスを、ここ武庫川の地で共に分かち合えることを楽しみにしています。