「教授に訊く」
臨床教育学を学ぶ価値とは

心理分野担当教授 中山 留美子

心理分野担当教授

中山 留美子

現状を一歩前に進めるために、立ち止まって言葉にする
プロフィールについて教えてください。
私は教員免許を取得せずに教育学部を卒業し、そのまま非教員養成系の大学院に進学しました。研究者の道へ、とも思っていませんでしたが、教育現場とは離れていく道を選んだと考えていました。それが縁あって母校の初年次教育の担当者となり、その後教員養成大学の教員となったことで、距離があったはずの「教育実践」がいつのまにか仕事の中心となっていました。
多くの小学生から大学生までの若者と関わる機会を得て、子どもが大人になっていく過程で私に何ができるだろうと考えるようになりました。教育総合研究所では、子ども家庭部門を担当しています。子どもの養育や保育、教育にかかわる院生さんたちと、研究や支援について考え続けたいと思います。
研究内容について教えてください。
学部生の頃から、青年が自分自身をどう考えているかという内省的な意識(「自己」)を研究対象としてきました。特に、自尊感情のような、自己への評価的な意識に関心を置いています。自己というと、一見個人内のことのようですが、青年の自己はそれまでの親子関係や友達との比較、学校生活で形成される価値観などに少なからぬ影響を受けるため、社会的な理由で変動するものでもあります。人間関係のなかで自己がどう動いていくか、人間関係の捉えなおしにより、どう安定化していくのかということに関心をもっています。
10年ほど前から子ども家庭部門(子どもセンター)の縦断研究プロジェクトに関わる機会をいただくようになり、本学への着任とともに、前任者からプロジェクトの取りまとめ的な役割を引き継ぐことになりました。プロジェクトでは子どもの誕生時からさまざまな指標について調査し、それらが大人になっていくなかで発揮される社会性にどのようにつながっていくのかを明らかにしようとしています。そのなかで、私自身は青年の自己を研究対象としてきた立場から、青年の自尊感情に関わる変数がどのように導かれてくるのかを考えています。
10年ほど前から子ども家庭部門(子どもセンター)の縦断研究プロジェクトに関わる機会をいただくようになり、 本学への着任とともに、前任者からプロジェクトの取りまとめ的な役割を引き継ぐことになりました。プロジェクトでは子どもの誕生時からさまざまな指標について調査し、それらが大人になっていくなかで発揮される社会性にどのようにつながっていくのかを明らかにしようとしています。そのなかで、私自身は青年の自己を研究対象としてきた立場から、青年の自尊感情に関わる変数がどのように導かれてくるのかを考えています。
なぜその研究が社会にとって必要なのかを教えてください。
子どもの発達は、大人であれば誰もが経験し、触れてきた現象です。昔は、地域の中で、自身が発達し、また周りの人の発達をみてきた多くの大人たちが関わることで、子どもが育ってきていたのだと思います。しかし、時代が変わり、家族以外の大人が関わりをもつことが難しくなってきました。子どもの数も減り、「周りの人の発達をみてきた大人」自体も減っている事実もあります。子どもが子どもとして育つことが大切にされるようにもなりましたが、その分、子どもたちの抱える課題も浮き彫りにされるようになりました。
そんななかで、子どもに関わることが許される大人たち、保護者や教育者、保育者など、そうした子どもに直接関わる大人たちを制度面から支える行政などの組織には、子どもに関する正しい理解と的確な支援が強く求められるようになっています。そうした支援を支えるのが子どもに関するデータや、そのデータに関する理論的な解釈(研究知見)です。学校現場へのタブレットの導入などで、子どもに関するデータは蓄積しやすいものにもなってきました。そのデータを正しく活かし、社会に還元していくことは、子どもと子どもの発達を支える大人たちに、強力な支援を提供することになります。
ご担当の科目の臨床教育学の中での役割を教えてください。
研究科に所属する院生の関心は実にさまざまですが、人(々)への援助を試み、そこで生じている不具合について追究しようとしているという点では共通しています。私の役割は、心理学(特に発達心理学や教育心理学)の立場から、考え方のベースとなる理論を紹介したり、基礎的な人間理解に役立つ研究知見を紹介したりすることかと思います。心理学は実証科学ですので、理論を様々なデータから裏付けたり、逆にデータに基づいて理論構築を行ったりします。データと理論、実践を行き来しながら物事を考えるという思考を繰り返すことで、実践の現場で見聞きしてきた様さまざまな現象が整理されていくということがあるかと思います。最終的に依拠する学問分野や理論が心理学ではない方もいらっしゃいますが、心理学に触れることで考え方やものの見え方が豊かになるということがあればいいなと思いながら、日々の授業に取り組んでいます。
ゼミ運営の特徴として意識されていることはありますか。
臨床教育学研究科の院生には、すでに長く対人援助の仕事に携わってこられた方が多いです。彼らは職業を通じて人の振る舞いやその変化に触れ、寄り添い、変化を引き起こそうとされてきた方々です。実践の中ですでにとても重要な気づきを得ていたり、自分なりの理論を得たりしておられます。そんな院生たちにとって、ゼミは、まだ言葉になっていない場合もあるその気づきや理論を、学問的な言葉で表現し、研究という形で活かすことを考える場であろうと考えています。
本研究科は夜間課程であるため、日々の仕事を継続しながら(動きながら)、じっくりと深く考えるという静的な活動を行う必要があります。また調査や執筆には実質的な時間を割かねばなりません。それは、並大抵のことではないと思います。長期履修制度が用意されており、これは働く院生にとってとても支援的な制度だと思いますが、これまでの生活に研究という未知数の活動を組み込んでいかねばならないわけですから、大変です。ゼミは、そんな日々のペースメーカーであり、内容面だけでなく心理面でも励ましを得る場となればよいなと思っています。
どんな経験や関心をもつ学生に進学してほしいですか。
私は学校現場に関わってきましたが、本研究科で学ぶ教育・心理・福祉の視点は、現場で起こる一つの現象を的確に捉え、有効な支援を考えていくために行き来すべきものだと実感しています。おそらくこのことは、医療や福祉の現場など、ほかの対人援助の現場でも同じなのではと思います。対人援助の現場に関わり、その経験をとらえなおしたいと思う方や、現場で感じてきた課題を解決する視点を探りたいという思いのある学生に来てもらいたいです。現場を保ちながらの院生生活は大変なものですが、学問の視点で捉え直すことで、巻き込まれていた現実を客観視することができ、楽になるということもあるかと思います。
これから受験しようとする方へメッセージをお願いします。
受験しようとされる方には、実践の中で何らかの問題意識を得られたというだけでなく、ご自身のこれまでの職業生活や生き方(アイデンティティ)に何らかの課題を感じ、それを打開したいという思いをもっておられる方も多いのではと思います。これまでの生活を止めずに夜間や土日に学ぶということは、時間の調整だけでなく、いろんな面での折り合いをつけることを求めてきますので、そんなことが実際できるのか、葛藤されている方もいるのではないでしょうか。入試説明会などで相談すれば、過去の院生の事例は知ることができますが、それをもって「自分にもできる」という確信を得ることは難しいでしょう。
そのなかでひとつ、お伝えしたいのは、本研究科では、ほとんどの院生が同じ葛藤を抱えながら日々を過ごしており、お互いを励まし合っているという事実です。専門性や実践家としてのキャリア、抱えている事情などはそれぞれ違いますが、そんな人たちが集まって学び、議論を重ねていくなかで、あたたかい連携が生まれています。ぜひその様子を知っていただきたいなと思います。