
教育分野担当教授
中井 昭夫(専攻長)
「療育とは、情念であり、思想であり、科学であり、システムである」(高松鶴吉先生)
- プロフィールについて教えてください。
- 心理職の資格をもつ神経発達行動小児科医として、大学病院、子ども療育センター、連合小児発達学研究科、子どもの睡眠と発達医療センター等で神経発達症(発達障害)、子どものうつ、強迫スペクトラム、摂食症など小児精神障害、不登校や心身症など子どもの心の問題や睡眠障害について診療、研究、教育に携わってきました。
- 【資格】
小児科専門医・指導医、子どものこころ専門医・指導医、日本小児精神神経学会認定医、「子どもの心」相談医。公認心理師、臨床発達心理士。 - 【略歴】
福井医科大学(現:福井大学医学部)を一期生として卒業、同大学院博士課程修了(医学博士)。福井医科大学附属病院救急部助手、小児科助手・助教、福井県こども療育センター主任医長、2011年 福井大学「子どものこころの発達研究センター」・医学部附属病院「子どものこころ診療部」・連合小児発達学研究科(連合大学院)「こころの形成発達科学講座」特命准教授、兵庫県立リハビリテーション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター」副センター長 兼 診療部 神経小児科部長・小児科部長・小児精神科部長等を経て、2018年武庫川女子大学教育研究所/大学院 臨床教育学研究科/子ども発達科学研究センター・教授、2024年より学内組織再編により現職。この間、1998年から2年間カナダMcGill大学モントリオール神経研究所 McConnell Brain Imaging Centre留学、脳内物質セロトニンとその脳機能画像研究を行う。 - 【学会・社会活動など】
日本学術会議 第26期連携会員、心理学・教育学委員会「不登校現象と学校づくり分科会」委員、日本発達神経科学会理事、日本DCD学会理事、 日本子ども学会理事、日本赤ちゃん学会理事、日本小児神経学会評議員、日本小児精神神経学会代議員、NPO法人AOZORA福井理事 国際DCD研究・支援学会(International Society for Research and Advocacy in Developmental Coordination Disorder:ISRA-DCD)日本代表committee、アジア・オセアニア小児神経学会終身会員 など - 2015年10月 第12回日本子ども学会学術集会 大会長
2017年 4月 第1回日本DCD学会学術集会 大会長
- 研究内容について教えてください。
- 子どもの脳とこころの発達への感覚・運動、睡眠、食事など「身体性」からのアプローチ(Embodied Cognition)という観点で診療や研究に取り組んでいます。
- 「不器用・ぶきっちょ」「運動音痴」「どんくさい」などと言われ、悩んでいる子どもやその保護者は少なくありません。一般に、「運動」は「身体」のことと思われがちですが、体格、筋力、関節の柔軟性、心肺機能などを除いて、身体の動きをコントロールしているのは、実は「協調(運動)Coordination」と呼ばれる脳の機能であるという理解が重要です。そして、この「協調」のという脳機能の発達の極端な問題が、発達性協調運動症 (Developmental Coordination Disorder: DCD)に該当します。さらに、近年の研究では、胎児期からの協調や感覚など「身体性」が神経発達症の進展に重要な役割を果たしている事が強く示唆されてきています。DCDQやM-ABC3など国際的アセスメントツールの日本語版の開発や神経基盤、ニューロリハビリテーションなどについて、複数の国際・国内共同研究を行っています。国際DCD研究学会の日本代表委員に選出され、また日本DCD学会を設立し、その理事を務めるとともに、2017年に第1回の学術集会を大会長として開催しました。
- また、睡眠は子どもたちの「脳」と「こころ」と「身体」の発達に非常に重要です。睡眠は、レム睡眠の間に脳のネットワークを構築するなど、「脳を創り」、学習・経験などでの記憶を定着させるなど「脳を育て」、ノンレム睡眠の間に、アルツハイマー病の原因となる脳に溜まった老廃物などの処理を行うなど「脳を守り」ます。また、当然、脳と身体はホルモンなど代謝・内分泌、免疫システム、自律神経とつながっています。最近の研究では、睡眠障害により、認知症、うつ病や不安障害など精神障害、肥満や糖尿病、高血圧など生活習慣病、アレルギー・自己免疫疾患、ガンの発生頻度の増加などのリスクが高まることがわかっています。つまり、質の良い十分な睡眠は「命を守る」ことにも繋がるのです。
- 神経発達症や不登校とも深く関連しています。不登校に陥った、睡眠障害の子どもたちの約90%が自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)などの神経発達症であったこと、新生児期や乳児期から睡眠リズムの脆弱性があること、幼児期の睡眠の問題の介入により日中の神経発達症の中核症状の改善、発達の促進があることなどを明らかにしてきました。
- さらに、医療・療育と保育・教育とのリエゾン(連携)に関する研究、不登校に関する研究などを行っています。

- なぜその研究が社会にとって必要なのかを教えて下さい。
- 神経発達症(発達障害)や子どものこころの問題は社会的にも重要な課題であり、それらへの認知が広まる中、自閉スペクトラム症(ASD)は社会コミュニケーションの、注意欠如・多動症(ADHD)は実行機能・報酬系・時間処理の、限局性学習症(SLD)は情報処理・認知プロセスという脳機能の生まれつきの発達の問題という理解で、医療・療育、特別支援教育や合理的配慮、さまざまな支援プログラム、脳機能イメージングや遺伝子を含めた研究が進められています。
- しかし、一方で、そもそも、子どもの「脳」や「こころ」を育てるものは何でしょうか?「脳」だけ取り出して「こころ」が語れるものなのでしょうか?また、子どもの睡眠障害の問題も、この数年で急激に増加するICT依存とも複雑に絡まって深刻化し、脳機能障害や健康問題との関連も分かってきました。近年の当事者研究や様々な科学的知見からも、子どもの「脳」と「こころ」の発達における、感覚や協調(運動)、睡眠などの生体リズムなど、身体性の重要性が明らかにされつつあります。
- どれだけ文明が進歩し、生活が便利になったからといって、人間は、約1年で公転、約24時間で自転をしているこの地球という星に生物が誕生して40億年の歴史の中で進化してきた、昼行性の哺乳類の一種に過ぎないという視点を私たちは決して忘れてはいけないのです。
- 医療・療育、心理のみならず、子育て支援、保育・教育、福祉、保健・行政などは、これまでの神経発達症の支援のレガシーから脱却し、今一度、子どもの発達への理解を見つめ直し、これからの支援のあり方へのブレークスルーをもたらしていく必要があると考えています。

- ご担当の科目の臨床教育学の中での役割を教えて下さい。
- 療育とは,「現在のあらゆる科学と文明を駆使して、障害をもった子どもの自由度を拡大しようとするもので、それは優れた「子育て」でなければならない」とされています(高松鶴吉)。しかし、現在の臨床の現場では本当に、「現在のあらゆる科学と文明が駆使」されているでしょうか?子どもたちの学びや神経発達症の理解と支援において、日々進歩する医療・医学・脳科学、文化・社会の変化などに関する知識のアップデートなしでは「優れた子育て」は実現できません。
- また、療育は「注意深く特別に設定された特殊な子育て、育つ力を育てる努力」とも言われています(高松鶴吉)。子どもへの支援・保育・教育、医療・療育においては、自身の狭く浅い知識や少ない経験に基づく独りよがりな実践だけでなく、客観的なアセスメントやエビデンスに基づく、個別の支援計画、指導計画の作成、そして、計画の実践後には、再びアセスメントを行い、自分たちが子どもたちに行った事に関する効果検証を行っていくことが求められます。さらに、いわゆる「チーム学校」の本来の目的である「多様な経験や専門性を持った人材を学校教育で生かし、多職種による協働へと学校の文化を変え、子どもたちに必要な資質・能力を確実に身に付けさせる(文部科学省)」ためには、多職種・多施設によるリエゾン(連携)とコンサルテーションが必要であり、そのためには適切なケースフォーミュレーションとプレゼンテーションが求められます。
- 心理部門の授業では、神経発達症や子どもの睡眠の問題に関する最新の研究成果などを交えた基礎的な知識を提供するとともに、神経発達症を中心とするアセスメントに関する授業、不登校などの事例を通じたケースフォーミュレーション、コンサルテーション・リエゾンに関する知識とスキル、コミュニケーション能力を身につけるための授業を提供しています。

- ゼミ運営の特長として意識されていることはありますか。
- ジェネラリストになろう!
多職種・多施設とのリエゾン(連携)においては、それぞれがスペシャリストとして自分の専門性をただ主張し、押し付け合うのではなく、それぞれの専門性の違いを理解し、お互いを尊重しあって連携を行う、ジェネラリストとしての姿勢が大切です。このジェネラリストとしての視点は、TEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children)プログラムの開発者であるエリック・ショプラー氏も「自閉症に関わる職種は専門に関わらず、その人を全体として理解し、関わる必要がある」として重要視しています。多彩なバックグラウンドのあるゼミ生による、相互にリスペクトし合いながら、しかしながら専門性を持って行う、建設的なディスカッションを大切にしています。 - “Think globally, Act locally. Think locally, Act globally”
”Think globally, Act locally(地球規模で考え、地域で行動する)”という環境スローガンがあります。社会デザイン(Social Design)という用語を、初めて今日的な意味で使ったルネ・デュボス(René Dubos)の言葉とされています。これを子どもの発達支援に置き換えれば、「世界的な視野で考え、目の前の子ども・地域のために働く」ということになります。また、逆に、”Think locally, Act globally(地域で考え、地球規模で行動する)”ということもあるでしょう。これは、「目の前の子ども・地域のことを考えれば、世界的に行動せざるを得ない」ということになります。日本ではわかっていない、知られていない、存在していないアセスメントや支援プログラム、研究成果などでも、すでに世界的には標準的に使われているものもたくさんあります。自分の無知により、それらのエビデンスを無視して、目の前の子どもに対応していても限界があります。現在はAI技術も進み、英語の論文であってもその内容をサクッと把握することは以前に比べ、すごく容易になっています。たとえ、自分の研究が日本での、日本人を対象としたものであっても、狭く、閉じた世界ではなく、世界的な視野で、この研究は国際的にはどうなのだろうということを常に意識して、先行研究にあたり、自身の研究の新規性、独自性について考えていくことを大切にしています。
- どんな経験や関心をもつ学生に進学してほしいですか。
- 「臨床教育学」と聞くと、保育所・幼稚園・こども園、学校などの保育・教育関連かと思われがちですが、本専攻科では多彩なバックグラウンドをもつ、さまざまな年齢の方が在籍しています。私のゼミでは、特に、一見「臨床教育学」には該当しないのではと思われがちな作業療法士、理学療法士などのセラピストの方が、「身体性からみた神経発達症」というアプローチで素晴らしい研究を行ってこられました。その他、言語聴覚士、心理職、医師・看護師、子どもの発達に関わる施設・機関で働く方々はもちろん、本学以外の大学含め、教育学部、心理・福祉学部、看護学部など学部からのストレートマスター、留学生(英語のみですが)も大歓迎です。まずは、気軽にご相談ください。

- これから受験しようとする方へメッセージをお願いします。
- 発達とは、遺伝的素因と胎児期からの身体性を介した環境との複雑な相互作用の連続的変化なのですが、この環境の中には、いつ、誰と、どんな出会いをするかということも含まれ、目の前の子どもと出会ったあなたも、すでに「環境」なのです。子どもとその家族、支援者を支えるひとりの大人として、リサーチマインドと高い専門性をもつジェネラリストに、そして、多職種・多施設によるリエゾン(連携)支援のために、ハブとして、繋がる力、繋ぐ力を身につけて欲しいと思っています。
- 子どもの発達やその支援に関心のある方をお待ちしています。