修了生の声とアンケート結果

本研究科を修了された方々の感想

奥川 純子さん 作業療法士

私は作業療法士として、医療で15年、福祉で7年、臨床に携わってきました。臨床教育学と出逢ったのは医療から福祉に移り、医療と地域生活との壁に気づき、そして教育機関とのさらに大きな壁に気づき始めたころでした。教育学、福祉学、心理学のそれぞれの領域から、対象者を包み込むようにアプローチしていくという理念が私の心に響き、秋のオープンキャンパス当日に受験を決めました。

2020年4月。時はコロナ禍。思い描いていた女子大生ライフとは全く違うものでしたが、オンラインになったおかげで受講できる講義もあり、新たな発見がありました。こうした大学院での学びは、今までの作業療法士としての自分を振り返るだけでなく、自分の想いの原点を見つめ直す日々でもありました。自分に見えているものがすべてではなく、視点を変えて「みる」ことが他者の理解を深めるということ、そして自己理解を探究していくことにも通じているということに気づきました。

研究そして論文作成では、自分の「問い」を明らかにするため、数多の先達の研究から納得のいくものを見つけ出し、自分の考えの裏付けとしていきます。そして、脳内をスキャンして自分の持っている情報をつなぎ合わせ、自分の「問い」に戻るという作業の繰り返しでした。ここでもまた、何かを明らかにしようとするとき、みる人の立ち位置によって、みえるものが違うということ、自分はどこからみているのかを再確認していきました。

働きながらの学びは、時間との競争でした。修了した今になって感じることは、限られた時間だからこそ、目標を定めて取り組んでいけるということです。現役学生時代とは違い、自分主体で明らかにしたいことに向き合うという経験は、学ぶよろこびを与えてくれるものでした。ただ一つの心残りは、先生方、同級生たちとの交流の機会が限られていたことです。論文提出日に同級生と共に印刷機と格闘したことは、とても楽しい思い出になりました。

松島 英恵さん 大学教員

私は、幼稚園や保育所で保育者として働いてきました。子どもたちと共に過ごす日々は、体力的・精神的に厳しいこともありましたが、夢中になって遊ぶ子どもたちからエネルギーをもらえるやりがいのある仕事です。ところが、子どもと遊ぶことが楽しいと思えないと感じている保育者と出会うことが増え、後進の育成について考え直す必要が生じました。私自身が現場で経験し感じてきたものを、根拠をもって説明できるようになりたいと思い、大学院への進学を決めました。

入学時は、新型コロナウイルスの影響で登学することもできず、互いに慣れない遠隔授業が続き、とまどい、ストレスも感じました。その分対面できた時の感動は大きく、限られた行動しかできない中でも、大学院で出会った他職種の学生仲間との交流は楽しく、実りあるものとなりました。オンラインで語ることもできるようになり、仕事をしながら学ぶ身にとっては、登学する時間を省けるメリットも感じるようになりました。

仕事をしながら、課題をこなし修士論文を作成していくのは大変なことでした。特に修論では本当に書けるのだろうか、自分がやっている研究に意味はあるのだろうか…と悩み焦る日々でしたが、研究を心底楽しんで面白がってくださる先生や、仲間に支えられてどうにかまとめることができました。研究内容そのものだけでなく、学びを支える姿勢についても勉強したり、アラフィフになってもがんばれた自分を見直す機会にもなりました。

現在私は、大学で保育者養成に携わる仕事をしています。学生が子どもと一緒に遊ぶことを楽しみ、意義を見出せる保育者をめざしてほしいと、自分の保育者経験と大学院で得た学びを総動員して奮闘中です。悩みはつきませんが、今も大学院で出会った先生や仲間に励まされ、支えられております。

大学院生活は大変でしたが、視野を広げることができ、新しい世界に飛び込む勇気をもらい、少しずつでも成長する自分を発見できた貴重な経験となりました。

松永 由美さん 中学校教諭

私は中学校教員として長年勤務してきました。教員としての経験から学んだことはたくさんありましたが、もっと様々な知識を身につけ、見識を深めてみたいと思い、大学院への進学を決めました。

教員の仕事は、朝早くから晩遅くまで続きます。大学院に入学した年は、私は中学校3年生の担任であり、しかも以前よりも多くの校務分掌を受け持つ年となりました。このような状況で始めは仕事と大学院の両立ができるのか不安でしたが、自分の采配で時間の調整は可能であることが次第に分かってきました。学びの時間をつくることにより一層メリハリをつけて仕事に打ち込むこともできました。

1年目は毎日大学院での授業があり、職場で下校指導を終えてすぐに、授業に駆けつけました。はじめは大変と感じることもありましたが、いつの間にか授業に参加することが楽しみになっていきました。

福祉・心理・教育という3つの分野の特論では、自分の仕事と関連のある内容が多く、職場での実践に生かせることばかりでした。学んだことを職場で取り入れることも多く、マンネリ化しかけていた仕事内容が、より充実したものに変化していきました。大学院での学びによって、教員という自分の仕事が一層好きになり、これから先もこの仕事を続けていきたいという気持ちが高まりました。

大学院は様々な学びがあるだけではなく、素晴らしい先生や多職種の仲間との出会いもあります。仕事が休みの土曜日は仲間とともに図書館で文献を調べたりしながら研究に取り組み、お昼は学食でランチを食べながら交流するなど、楽しい学生生活も送ることができました。大学院での2年間は学生としても教員としても充実していた2年間だったと思います。

堀岡 裕子さん 元中学校教諭

私は、長い間、教育現場で体育の教員として働いてきました。毎日の仕事はめまぐるしく、何かおかしい、もっと何かできるのではないかと思いながらも、目の前のやることに追われるばかりでじっくりと自分の仕事に向き合うこともできず、何かモヤモヤとしたものを抱える毎日でした。

「臨床教育学」という学科名に惹かれ(実はどんな学科なのかはわかっていなかったのですが…)、現場で経験してきたことを感覚ではなく、客観的に整理できるのではないかという大きな興味と期待を持って本校の受験を決めました。

入学1年目、仕事が終わってからの慌ただしい通学は少々大変でしたが、今まで『人に教える』ことを仕事としてきた自分が人から教わり、発見できることはとても新鮮で、毎日がわくわくと楽しい時間でした。

1年の後半からは、論文に向けての研究が始まりましたが、正直なところ『論文を書く』ということに意識がなく、何をどう書いていいのかさっぱりわからないまま、毎週ゼミ室では緊張と自己嫌悪の連続でした。無事に卒業できたのは、ゼミの先生が「書きたいと思うことを、難しい言葉でなくていいから、素直に書いたらいいよ」と言ってくださり、他の先生方も大きな包容力と忍耐を持って指導してくださいました。

そして、もう一つの力は院の仲間たちの存在です。年齢も職業も違う学友ですが、励まし、愚痴り合い、情報交換をする時間はとても楽しく、何十年ぶりの女子大生気分を味わいました。

時間に追われ、四苦八苦の論文でしたが、研究の中で知った小さな発見が次第に面白さにも代わり、不思議なことに今また、何か書いてみたいという気持ちにもなっています。頂いたこの貴重な経験を何かに役立てていけるよう、これからも学び続けていきたいです。

森田 惠美さん 元保育所長

私は保育士として約40年を、障害児・者施設や、保育現場、保育所長、行政現場等で過ごしてきました。 保定年という頃になって、保育士として長く働いてきたけれど、何が残るのだろう?残せたのだろう?今までの自分はリセットされるのだろうかと考えるようになりました。たまたま本学の入学案内パンフレットを見かけたのもこの時期でした。

しかし、本当に通学できるのか不安もありました。加えて、私の両親もいつ介護が必要になってもおかしくない年齢です。3年の長期履修制度が背中を押してくれました。 現役の所長として必死な1年目でしたが、一方向ではない授業や、様々な職種の人たちとの交流はとても楽しく新鮮な世界で、重い身体と心を引きずって行くものの、帰りには「今日も行って良かった!」といつも思っていました。

2年目には父の急死、母の入院、一人息子の結婚、双子の孫の誕生と、とにかく波乱万丈でしたが、3年履修のおかげで何とか修論を書き上げることができました。 ゼミでは、ディスカッションを通して、時には何が知りたいのかに立ち戻ったり等、試行錯誤しながら修論完成まで粘り強く支えて引き出していただき、先生方には感謝しかありません。

大学院の学びを通して感じたこと、得られたことは

    • ・研究の成果に学びつつ、批判的思考を身につけ、自らの問いを振り返ることの重要性です。
 
    • ・学んだつもりだと思っていたことが、文章に起こす中でどれほど曖昧だったかを知り、書き上げた今も修論はまだまだ不完全だと思っています。
 
    • ・そして一番は様々な職種、対人援助職の仲間が居て、視野が広がった!!同期入学の仲間は心強い!!先生方や院生同士のディスカッションは楽しく、たくさんの学びが!
 
    • 迷っている皆さんも一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。
     

藤岡 智子さん 看護教員

私は臨床での看護師経験を経て、現在看護教員をしています。大学院に入るまでは「看護学生はこうでなければならない」という私自身の理想と現実のなかで学生と向き合い、日々葛藤しながら学生指導をしていました。修士課程にすすむ上でその葛藤の中身は一体何だろう、その謎を解きたいと思い、臨床教育学を選択しました。様々な分野の考え方を学び、学生に対する捉え方もすっかり変わりました。なんと学生には無限の可能性があることに気づきました!

 

論文作成に際しては、自分自身のふがいなさに心が折れそうになり、私には研究は向いていないと落ち込むこともありました。

そのような中、研究結果から新しいことを発見すると、世界が一瞬にして広がるような喜びを感じることも経験しました。仕事をしながらですので、時間がなくていつも焦っていましたが、小さな発見に支えられながら、考えをまとめていくことの楽しさを知ることができました。 これも、丁寧に指導をして下さった先生方や互いに尊重し合える仲間との出会いがあり、院に通わせてもらえた職場の理解があったからこそです。せめて10年前に来ていたら良かった等「たられば」も考えましたが、私の人生で今だからこそこの充実した学びがあったのだと感謝しています。

教育現場の臨床では、次から次へと問題が発生します。そこで起こっている現象をどう考えればいいのか、どう行動すればいいのか、大学院での学びを基にこれからも考え続けていきます。そして看護学生が、患者さんの気持ちに寄り添える優しい看護師に成長することを夢見て、私自身も学生と共に成長していきたいと思っています。

彦阪 聖子さん 小学校教諭

“対人援助職“として小学校教員の在り方を考えた2年間。

大学院2年間は、私にとってあらためて、人として、そして教員としての自分をじっくり振り返ることのできる教員歴31年目のかけがえのない学びの時間となりました。

私が、大学院入学を決意したのは、憧れていた先生がこの研究科に教員としていらしたことが大きな理由です。学び続ける小学校教員でありたいと、自分磨きにさらに励むため、先生のそばで学びたい、直接お話を伺いたいという自身の思いを叶えるべく入学しました。しかし思っていた以上に、仕事をしながら夜間に通学することの両立は、一人の力では乗り越えられない厳しさもありました。

 

職場では、若い先生たちのお母さんのような立場である私には、放課後に彼らの日々の学級経営、保護者対応の支援をする大切な役割もあり、それを「今日は大学院の日なの」と後ろ髪を引かれる思いで職場を後にした日も多くありました。だからこそ、ここで学んだことをすぐに“かたち“にして校内研修を行い、同僚に還元することを自身に課し、学びをアウトプットすることで許してもらおうと頑張った日々にもなりました。

何より幸せに思うのは、ここでの“めぐり逢い”です。先生方の授業はどれも魅力的で、自分の無知を思い知ることのできる素晴らしいものでした。忘れたころに確実にやってくるレポート提出のために、多くの書籍に触れることができたことも大きな収穫です。そして、同期の仲間は宝です(みんなお互いにそう思っていると確信しています)。共に学び合えた楽しい日々はかけがえのないこれからの人生の糧となりました。思いがけないコロナ禍の中でのリモート授業は、“変わらないもの、変わってはならないもの”を見出す貴重な体験ともなりました。広い視野から自分を俯瞰することもできました。私は今心からこの臨床教育学科で学べたことを誇りに思っています。

修了生アンケート結果